「僕はマック党なんだ。このごろはウィンドウズが幅をきかせているからね、僕はアップルを応援しているんだよ」
- 「今日はVeroのお話しをきかせて下さい」
「Veroね。あの細胞系はインターフェロンを作らない細胞系だったことが幸運だったね。サル腎臓からの細胞系は沢山樹立されたけれども、インターフェロンを作っている系が殆どで、それらはウィルスに対する感受性が低いんだよ」
- 「Veroは本当にすごいですね。O157の毒素が「ベロトキシン」と呼ばれて、組織培養に関係のない人達でも知っている細胞ですものね」
(でもその「べロ細胞」の生みの親が安村先生であることを知らない人も多いことでしょう。Vero細胞については清水文七・千葉大医学部教授の著書「ウィルスがわかる・講談社BLUE BACKS」に詳しく紹介されています。日本脳炎、小児麻痺、出血熱など多くの病原ウィルスに感受性をもつ細胞系として評価され、1993年、安村先生はその樹立者としてフランスのマルセル・メリュー財団からメダルを受賞されたそうです。とても楽しそうにそのことを話して下さいました。)
- 「独協では先生お一人でVeroの実験をなさっていましたね」
「ああ、ATCCのカタログに〈Veroの形態は繊維芽細胞様である〉なんて書いてあったんだ。それで何いってんだVeroは実質上皮だぞってんで何か証明する方法をと考えてね。Dアミノ酸で培養してみようと思ったんだよ」
- 「昔、繊維芽細胞を除去するのにそんな方法がありましたね。でも地球上の生物を構成しているアミノはL型だときいていますが・・」
「最近は色々なことが言われているよ。腎臓と肝臓と脳にDアミノ酸酸化酵素が検出されている。それでVeroは腎臓由来だから、Dアミノ酸で培養できるはずだと思って一つづつ調べてみたんだよ」
- 「結果は・・」
「もちろん血清は添加しない。そしてフェニールアラニン、バリンなど4種類くらいのアミノ酸に関しては、L から D に替えても直ちに増殖することがわかった。グルタミン酸はだめだったね。繊維芽細胞はどのアミノ酸についても L でなくては増殖しない」
- 「その極限培地のVeroは、今どうなっているのですか」
「独協においてあるが、僕はもう時間切れだよ」
- 「この間、高木良三郎先生にお会いした時、ハムさんのことをお尋ねしましたら〈彼は培地なんかやっていたから研究費がとれなかったと嘆いていたけど、その後どうしたのかわからない〉とのことでした。ハムのF12培地を使って恩恵をこうむっている研究者は多いのに、何だかかわいそうですね。培地の研究は、労力ばかりかかって報われませんね」 「Dアミノ酸は Lアミノ酸と違って発酵法なんかで生産できないからすごく高価だったよ」
- 「先生のもう一つのお仕事、ホルモン産生持続細胞系の樹立がありましたね」
「そうそう、アメリカのゴードン・サトウの所でね。ゴードン・サトウの仕事は、動物継代のステロイドホルモン産生腫瘍が初代培養ではホルモンを産生するのに、継代を重ねるとだんだん産生しなくなってしまう、そこでそのホルモンを産生しなくなった細胞を動物に復元すると又ホルモン産生能が回復する、これを繰り返すのを alternate culture と名付けていたんだ。そして僕に、お前は培地をやっていたんだからホルモン産生維持に必要な培地成分を捜し出せと言うんだよ。僕は彼らの実験をよく観察して、ホルモン産生細胞を選別すればよいと判断したわけだ。ゴードンと僕は同年だからね、僕は僕の思うようにやると宣言したら、ゴードンは不服そうだったけれど結局、僕の方針で実験を始めたよ」
- 「そして成功したのですね」
「うん、ホルモン産生細胞をコロニーで拾って継代したら、何代継代してもホルモン産生能が維持できた]
- 「ホルモン産生細胞のコロニーは簡単に判別できたのですか」
「うまい方法を見つけてね。ACTHをかけてやると、ホルモン産生細胞が丸くなることを発見した。そして寺島法を応用してピペットで吹き付けると丸い細胞だけが剥がれてくる。それからは簡単に継代できたよ」
(多分、世の中では安村先生よりゴードン・サトーの方が有名なのではないでしょうか。でも先生のお話しを伺っていたら、何やら利に敏感なワンマンボス・ゴードンの顔が見えてくるようでした。)
会議室の借用時間が終わって、外へ出ました。そして立ち話でさらに1時間、先生の雄弁は続きました。でも夕暮れになってしまい、培養の秘訣、言語学の講義など博学な先生の御意見を伺いたいことがまだまだあると思いながら名残惜しくお別れしました。